アンデス日記 6

 今日の定時後に、労働組合の集会があった。いわゆる春闘、賃上げ交渉の集会である。給料上がれば嬉しいけど、それによって人件費が上がって経営が傾くのは嫌だなあ。もっとも、まだまだ上がる余地はあると思うけど。金遣い荒い方でもないから、ものすごいお金が必要というわけでもないけど。とはいっても、真面目な話しメーカーって給料明らかに安いからねえ。ゆとりがあるだけ、自分の中ではよしとしているけど。ものすごい給料が高くても、土日出勤、終電帰り当たり前の仕事は流石に考えるなあ。でも、さすがにもう少し上がって欲しいなあ。

2月9日(金)
 夕べは本当に悲惨な目にあった。本当にアルコールには気をつけなきゃ。油断大敵。。。宿のおじさんに、心配された。ツアーが九時からなので、それに間に合うように近くを走るバスに乗る。昨日行ったから、土地勘はあるはずだろうと思っていた。ところが、降りる場所の記憶が非常に曖昧で、町の中心から段々とバスが離れていってしまう。どんどん坂道を登って、町を見下ろす山の中腹くらいに来て、さすがに道間違えたと思ってバスを降りる。少し貧相な町並み。朝ということもあり、学校に行こうとする子供たちも多くて、それなりに賑わっていた。町外れということもあり、こういうときに限ってタクシーが捕まらない。必死に坂道を駆け下りる。空気が薄くて、少し走っただけで息切れする。なんとなく町の中心かなと思って、近くの人に道を聞きまくる。九時を少し回ったが、四十分近く全力疾走して、何とか待ち合わせの旅行会社にたどり着いた。かなり心配されていた様子。幸運なことに、丁度他の参加者は近くに朝食に出ていたとの事。本当にごめんなさい。明らかに、旅の始めの頃と違って気が緩んでいると反省。
 他の参加者は、ベルギー人の年配の夫婦で、合計三名のツアーになった。ガイドに案内され、とりあえず倉庫に連れられる。町並みに完全に溶け込んでいて、ここが倉庫とは気づかれないような場所である。ここで着替えを渡される。鉱山の中に入るので、かなり汚れるので洋服の上に作業着のような上着の上下を羽織る。更にヘルメットも渡される。かなりの重装備である。着替えが終わると、もう一人の運転手が来て鉱山に向かう。今にも転げ落ちそうな坂道を必死に走って、途中の売店でとまった。売店で色々とガイドが説明する。ダイナマイト!?を買う。その他には、ジュースや、サトウキビから作ったアルコール96% !!! のお酒。(ラム酒にあらず) 鉱夫へのお土産として買うことに。ちなみに、ツアー代の売り上げの一部は鉱山の人たちに寄付されるとか。その他に多少の差し入れを入れてあげるのが礼儀のようである。確かに仕事している最中にお邪魔するのだから。少し坂道を上がったところにある市場で、「コカの葉」を購入。コカインの原料である。本当に覚醒効果があるようで、果てしなく過酷な作業をする合間に、鉱夫が時々葉っぱをかむようである。そうすると少し気持ちよくなるようで、そうやってリフレッシュしながら作業を続ける。最も覚醒効果といっても、体に毒になるわけではないようである。コカの葉自体は、リフレッシュだけではなく、お祭りのときにハイテンションになるためにも用いられているそうである。
 山の中腹から、ポトシの町を見下ろす。高い建物があまりなく、平和な町である。一応、世界で一番高い場所にある都市らしい。ガイドが、ダイナマイトの爆破実験を行ってくれるそうである。導火線に火をつける。少しずつ導火線が焦げてきて、本体へと向かっていく。ガイドが猛ダッシュで、山の中腹まで走って、ダイナマイトを置いて戻ってきた。ダイナマイトの爆発の瞬間をカメラに収めようと、必死にダイナマイトを置いた場所へレンズを向ける。次の瞬間、大地が轟くようなものすごい音とともに、砂埃が舞い上がる。一瞬何が起きたのかわからなかった。あまりのものすごい衝撃に、体が全く動かなかった。冷静さも失っていた。次の瞬間、ダイナマイトが爆発したことに気づく。シャッターを押すことも忘れていた。体が凍りついた。それくらいの爆撃音だった。一歩間違えたら、確実に人死にますよ。
 いよいよ、鉱山の中へと入っていく。ヘルメットの前についているライトを灯す。時々、リアカーを走らせて出口に向かう鉱夫とすれ違う。煙が舞っているようで、埃の臭いが強い。このまま岩盤が崩れて出れなくなったらどうしよう、生き埋めになったらどうしよう、不安がよぎる。時々頭をぶつけそうになる。鍾乳洞を思い出すが、実際に採掘が現在進行形で行われている鉱山なので、当然観光ルートなんてない。ガイドとはぐれないように必死についていく。5メートルくらい天井があるかと思えば、それこそくぐらなきゃいけないくらいの高さのところもある。途中であった鉱夫たちにお酒を渡す。かなり喜んでいた。96度のお酒って、どんなものなんだろうか。匂いを少し嗅いだだけで酔っ払いそうになったけど。昨晩の反省があるので、もうこの旅行中はアルコール類は一切口にしないことを決めたので、当然控えておく。顔が真っ黒。よくこれだけの重労働に耐えられるなと尊敬したくなる。かつては銀鉱山として賑わっていた。スペインによる統治時代には、原住民があたかも奴隷のように鉱山労働をさせられていた。今はそれなりに福利厚生も整えられているようであるが、それでも過酷な労働であることは変わりないし、鉱山夫は肺を悪くするようで普通の人よりも平均寿命が短いらしい。引退するときにいくばくかの退職金はもらえるようであるが。今は錫を始め、いくつかの鉱物が採掘されるようである。コカの葉を噛みながら、男たちは少し安堵の表情を見せてくれた。すぐ横には、「ティオ」という守り神が祭られていた。ティオというのはスペイン語でおじの意味である。クマさんのような顔をしている。昨日お祭りが行われていて、紙テープのようなものが巻かれていた。鉱夫は、この世の中でもっとも過酷な職業のうちの一つである、といっても言い過ぎではない気がする。勿論戦争中の軍隊とかは別だけど。平和な国の職業の中で。ものすごい悪い空気、いつ岩盤事故が起こってもおかしくない危険な環境。実際こういった鉱物資源が、ボリビアの経済を支えているのは事実であろう。でもそれにどれくらい国民が還元されているかは疑問である。実際鉱物資源は、その時々の相場によって売値が左右されるだろうし、そもそも掘り出した土の中にどれくらいの商品として売れる鉱物が含まれているかにも左右されるし。自分には真似できないなあ。
 ベルギー人夫婦と別れ、宿に戻る。色々と考えた結果、ラパスからバスで三時間ほどの町、オルーロまで行くことにした。地球の歩き方にはポトシ周辺は道が悪いようなことが書かれていたが、そもそも持っている地球の歩き方が数年前のもので、今はいくらかましになっているようである。バスの中にアイスクリーム売りのおじさんが何回かやってきた。何回かやってきた、ということはそれなりにむき出しのまま売られていたアイスクリームを買った人がいるということで。ボリビアに限らず、こういった物売りは途上国には多い。自分から何かを買いに行かなくても売りに来るというか。バスは再びアンデス高原を疾走する。今回はまだ日が出ているということもあり、景色を楽しめた。山道を登ったり下ったり、時々アルパカやリャマといった家畜が放牧されている。駱駝のような生き物である。特に生まれたばかりのアルパカの毛はかなりいい値で売れるようである。日が暮れて、はるかかなたに見えるオレンジ色の光が段々近づいてきた頃、オルーロの町に到着した。カルナバルで有名な町であるが、それ以外の季節はあまり見るべきもののない、平凡な工業都市のようである。バスターミナルに隣接するホテルに泊まる。20ドルくらい。バストイレつきで、シャワーはかなりお湯の出がよかった。一応、オルーロの町では一、二を争う高級ホテルらしい。旅の最後の宿になるので、最後くらいゆっくりと休もう、日本までの長い旅路に備えて体力を温存しよう、と少しだけ奮発した。「International Park Hotel」という、いかにも高級感あふれる名前。バスターミナルに隣接しているので、外を走る車のクラクションがかなりうるさかった。更にすぐ近くで、フォルクローレの生演奏を街頭でやっていた。とにかくバス移動が疲れたので、ゆっくりと休んだ。