さよなら丸井中野本店

miyatan2007-09-02

 丁度一週間前の8月26日、百貨店「丸井」の創業の地であり、本店でもある丸井中野店が閉店した。60年の歴史に終止符を打って。
 大学時代に三年強ほど、中野に住んでいたことがある。JR中野駅南口から歩いて十分くらい、青梅街道のすぐ近くで、丸ノ内線新中野駅から歩いて五分弱くらいの場所である。中野駅北口を象徴するのが、ブロードウェー中野サンプラザ、などであり、そのブロードウェーは、「まんだらけ」が入居するビルとして有名である。それゆえに、中野が「オタクの街」とも言われる。それに対して、南口の象徴ともいえるのが、中野通り沿いに聳え立つ丸井本店である。住んでいたのが南口なので、目の前を本当に数え切れないくらい、通っている。
 閉店になると聞いたので、お盆の時期に閉店セールにかけつく事に。新宿から中野に向かう中央線。この辺の景色は、あまり変わらない。中野駅の6番線のホームに降り立っても、一年半ぶりくらいに来たにも関わらず、別に懐かしさも何も感じなかったし、むしろいつもの場所に帰ってきたかのような錯覚がそこにはあった。
 とりあえず北口の改札を出て、サンロード、ブロードウェー方面に向かう。さすがに住んでいた頃と比較すると、ちょくちょくテナントが入れ替わっていて違和感はあるけど、基本的にあまり変わっていない。変わらない街。不思議と落ち着く。安売りの店も多くて、生活しやすかった。ラーメン屋「青葉」でラーメンを食べる。昔と比べると雑誌などのメディアに取り上げられかなりメジャーになってしまって、行列ができる店になったが、丁度行ったときには運良くすぐに座れた。すぐに行列ができていたけど。特製のつけめんを食べる。美味しかった。
 いよいよ、閉店セールへと向かう。特設のコーナーにてクリアランスセールがやっていた。他にもコムサイズムだけでも、特設コーナーがあった。洋服が主体。とりあえず、気が赴くままに、緑色の縞模様のポロシャツと、黒いジャケットを購入。なんかここ最近、緑色系の服が売られていると、衝動的に買ってしまう。(笑) 革靴とかも、買おうと思ったけど、あまり安くなかったので断念。割と量販店とかで安いの買うことが多いけど、たまには奮発してリーガルとか高めのブランドの革靴買おうと思ったまま、結局買っていない。
 店内の特設コーナーには、丸井の歴史と中野の町の写真集が展示されていた。大昔の丸井のCMも放送されていた。地域の人たちに愛された丸井。新宿という、日本一、いやアジア一の繁華街の隣町でありながらも、独自の雰囲気を持っている中野のシンボルがなくなってしまうことは、寂しい限りである。
 そのまま、十分ほど歩いて、かつて住んでいたアパートにたどり着いた。あのときのまま、何も変化無く残っていてホッとした。多分、もうちょっとしたら築三十年くらいになるのであろう。確かに狭くて、お世辞にも奇麗とは言えない部屋だったけど(単に持ち主の使い方が悪いだけかもしれないが)、大学時代の大部分を過ごした部屋であるし、思い出も多い。一晩中友と飲んで、語り合ったこともあったし。ショックな事があって、布団の中にもぐりこんで涙を流したこともあったし。

 時が止まったまま…。変わらない街…。あの時のまま…。変わったのは、僕自身なのかもしれない…。


 何となく新中野から新宿に出てみた。丸ノ内線に、いつの間にホームドアができていてビックリ。新宿から何となく、小田急線で藤沢に出て、そこから帰ることにした。小田急線に乗るのも、四年ぶりくらいだが、いつの間にか複々線区間が殆ど完成していて、こちらもビックリ。下北沢とか経堂とか、大学の頃よく行ったけど、最近全然行っていないなあ。中央線も、荻窪とか吉祥寺とかしょっちゅう行っていたのに、ここ数年遠ざかっている。


 変わらない街…。人込み…。郷愁…。黄昏の街…。


 イスラエルは、エルサレムの宿からです。パームホステルという、旧市街のダマスカス門の前にある宿です。会社の上の人たちには、心配されるといけないので、ヨルダンで止めておくような感じで行っておきましたが、本当にきちゃいました。
 背後から順番待ちっぽいプレッシャーを強く感じるので、あまり長くは書けませんが…土曜日にアンマンに到着、かの有名なクリフホテルに宿泊。日曜日は午前中にアンマン市街を見学、アンマン城、ローマ劇場、博物館、などなど。夕方から死海へ直行。本当に浮きます。浮きながら新聞読みました。体中に砂やら泥やら塗って、天然泥パックで、お肌すべすべ。アンマンは本当に砂漠です。記念に、ペットボトルに死海の水を詰め込む。夕日もきれいで、素敵でした。
 翌月曜日、早朝に宿を出発、いざイスラエル国境へ。合計六人で国境を目指す。イスラエルの入国審査は厳しくて有名。イスラエルへの渡航スタンプがパスポートに押してあると、イスラエルと敵対している国に入国できない。なぜか、イスラエルの入国審査官は、全員若い女性。兵役がある国でもある。頼めば別紙にスタンプを押してくれる。ところが、どうも一人本当は押してほしくない人に勢いで押してしまったらしく、アイムソーリーを連発していた。私は特に何もないので押してもらう。ところが、一人イラン、シリア、パキスタン渡航歴がある人がメンバーにいたので、引っかかる。かなり待ったものの、出てこない。仕方なく、私を含む短期旅行組三名はエルサレムに向けて先に出発、長期旅行者二名は、捕まっている彼を待つことに。
 荷物検査に預けた荷物が戻ってきて、かばんを開けたところ、
 「ペットボトルに詰め込んだ、死海の水が空っぽになっている!!!」

 ペットボトル爆弾と勘違いされたのだか、、、無念。日本から持ってきた、ペットボトル入りのお茶は無事だったのに…。

 その後セルビスは、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区を通り越して、エルサレムに到着。ヨルダン川西岸地区は、かなり不毛の地という印象を受けた。
 ユダヤ教イスラム教、キリスト教の三大聖地である、エルサレムについに到着。続きはまた時間のあるときに書きます。