トルコ旅行 3

miyatan2009-01-12

 三連休最終日、だけど仕事してきました。休日出勤。祝日なのに、次から次へと仕事が舞い込んできて、終わる気配もない。昨日も今日もとにかく寒い。そういえば今日は成人式。今年成人式を迎える方々は、88年4月生まれ〜89年3月生まれの方々。ということは、ついに「平成生まれ」が成人に突入。来年は完全に「平成生まれ」が成人になりますね。この間成人式迎えた、と思っていたんだけど。

 トルコ日記三日目編。だけど、文章の一部は、以前のブログからの流用です、悪しからず。

10月27日(月)
 明け方、サフランボルの町に到着。街の中心部から離れた場所で降ろされる。バス会社のオフィスに入って、アンカラ行きのバスの時間を確かめる。「バス・トンジュ」に泊まるのか、と訊かれてそうだと答えたら、バス会社の人が電話をかけてくれた。出てきたおじさんと話をする。何とか今日は泊まれるみたい、おじさんが迎えに来てくれるみたい。

 さすがに夜行で疲れているので、少し休むことにした。宿の建物は300年の歴史があるという。歴史も風情もあるけど、床が少しミシミシいって少し怖かった。ここ「バス・トンジュ」はサフランボルを訪れる日本人観光客にとってはちょっと有名な宿。ヤーセミンさんという日本語が話せる若女将がいる。

 昔サフランが群生したことから「サフランボル」と名づけられたらしい。トルコの町の名前は、発音が綺麗な場所が多いと思う。昔ながらの民家が数多く残されている世界遺産の町。街の景観を守るために、新しい建物の建築はかなり制限されるらしい。気と土壁を基礎とした、おもちゃ箱のような美しい家々が立ち並ぶ。街の端から端まで15分くらいしかかからないという小さい町で、坂道だらけの街でもある。田舎町でイスタンブールに比べると人が圧倒的に少なく、なんとなくホッとする。RPGの舞台のような街。今にも武器屋や防具屋、道具屋が並んでいそうな雰囲気。

 ロクムという名産のお菓子を作って売るお店も数多く立ち並んでいる。もちもちとした食感で、日本でいえば「ゆべし」に似たトルコを代表するお菓子である。意外と保存期間が長く、三ヶ月くらいはもつらしい。中には木の実が入っていたりと、色々な味が楽しめる。まだ旅は少しあるけど、家族や友人や職場のお土産に丁度よかったので、買い込んでおく。

 昼食は「ビュクメ」と呼ばれる、サフランボル名産のパンピザを食べる。ピザ生地のようなパン中に、肉や野菜が挟まっている。焼き立てがこんがりしていて美味しかった。食後の運動も兼ねて城跡Kaleの丘に登る。昨日までの大雨がうそのように、天気がよくて気持ちがいい。眺めもよくて、のんびりする。一部の民家が博物館として内部が公開されている。

 一旦宿に戻って、ヤーセミンさんと少しおしゃべりする。遠く離れた日本の言葉を話せるのがすごいと思う、英語も話していたし。今度は反対側のフドゥルルックの丘へ。先ほどの城跡とは反対側にあり、こちらから見た景色も美しい。トルコ人女性二人組に話しかけて、写真を撮ってもらって、一緒に写真に写ってもらった。トルコの女の人って、綺麗な人が多いと思う。写真に一緒に写るときに、その彼女が少し寄りかかってきたので心臓がかなりドキドキした。。。

 のんびりしていて、素朴で、家々が綺麗で、すごくいい町だと思う。やがて日が暮れかかる。

 夕暮れ時、ふと入ったローカルなレストラン。観光客向け、というよりは地元の食堂といった感じのお店。丁度日本人女性が先にいて、知り合いというわけではなかったけど、流れで相席することに。

 そのうちの一人の女性に、
 「もしかして、以前南米のウユニに行かれていたことありませんでしたっけ?」

 「ええ、ありますよ。」

 「いつごろですか?」

 「去年の二月頃だけど。」

 何でこの女性こんなこと聞くのだろうか。。。と思う。

 うん、そういえば、その時に会った女性に似ているような。。。卒業旅行できていた二人組の内の一人。髪型は少し変えてあるけど、喋り方、声、ほくろの位置。うん、もしかして。。。あの時に会った女性では。。。

 「え、、、もしかしてあの時の。。。」

 「あ〜〜〜、やっぱりそうなんですね。」

 確かペルーのウロス島ツアーで一緒で、その後一緒にボリビアとの国境越えをして、ラパスで別れて、最後の最後でウユニ塩湖で再会した。

 せっかくだからと、別れる時にメールアドレスを聞いたと思ったけど、そのまま聞くだけ聞いておいてほったらかし状態だったと思う。

 どうも、そのときしていた緑のリュックが、キーワードだったみたい。よく覚えていたなあ。

 「緑が読んだ縁」

 かもしれない。

 でも冷静に考えてみれば、ボリビアのときとサフランボルのときと、殆ど同じ服装。

●緑色のウィンドブレーカー
 (これもよく考えたら十年以上愛用している)

●緑色のリュック
 (アルゼンチンで買った)

●黒いチノパン
 (ユニクロです、値段の割りに使いやすい)

●緑のストライプのアディダスのスニーカー
 (2002年のワールドカップのボランティアしたときに買った)

●緑の腕時計・G-Shock(Baby-G)
 (Baby-Gは本来女性向けだけど、知らずに軽井沢で衝動買いした)

 確実に違っていたのは、緑のポロシャツと黒の薄手のジャケット。この二つはウユニの時点では持っていなかったので。

 結構旅行しているときって、割と同じ服装かも。これが暑い時期とかだったら、黒のデニムの短パンとか多いし。

 一年半のときを経て、彼女は立派な社会人二年目。大手の銀行の地元(千葉県)の支店で働いているらしい。頼みますよ、そこの銀行は幼稚園の頃から口座持っていた、一番のメインバンクなので。

 南米で出会い、その後一年半以上、日本では全く会う機会も無く、トルコの小さな町で再会。どれくらいの確率でしょうか。

 こういうことってありますか? まさしく旅が呼んだ奇跡。